My Ads

2011年7月13日水曜日

<一日一書>(33)「脱皮を全う出来なかった 蝉」


『今日は水曜日。
天気は昨日と打って変わって快晴、日射しは強いが、海岸縁は風が吹き抜け、どちらかと言えば心地よい。』


さて、今日の話を始めよう。

海に出るには具合のよい状態となって来た。しかし、朝の散歩の、この時間帯では、まだ海水浴場に人影はまばらで、ビーチパラソルもパラパラと点在するのみ。
沖には先日の4本マストのスクーナーが優美な姿を晒して停泊している。

今日、我が家には新記録を達成した人間が居る。それは満100歳の誕生日を迎えた、筆者の母、明治44年(1911年)生まれである。今の日本では100歳を迎えることが、そう珍しいわけでも無かろう。しかし、78年間一緒に暮らした(戦時中の一時期は学童疎開で母と離れて暮らした、また結婚後の数年間の別居期間もあるが)人間にとっても間近で観るのは初めての経験だ。

耳は殆ど正常に聞こえないし、居眠りの頻度も増え、話の理解力も格段に落ちたし、何よりも相手の話を聴くよりも、自分の伝えたいことだけを大声で発する。
それに惑わされず、如何にマイペースで取り仕切るかが、長男である筆者の、専らの務めとなっている。

話変わって、散歩の際、堤防へ出る階段の登り口右手にクマゼミが集まって大合唱をする木が植わっている。当然のことながら、その木の下の地中には、クマゼミの幼虫が多く住んでおり、この時期の夕刻から夜間、地中から木をよじ登ってきて脱皮する。そして、晴れた日の朝、略決まった時間帯に多数が群れて大合唱となるのだ。筆者が注目するのは、脱皮した蝉の脱け殻だ。今朝、今年初めての抜け殻2個を発見し、その一つを散歩の帰りに木の葉ごと折り取って、持ち帰り、それが机上にある。

いつものように、散歩の往路はなるべく海岸側を海の状態や、遠くの山脈を観察しながら歩き、コンクリート整地の端に到達したら、公園側に入り「万葉の小径」と名付けられた散歩道を、シンボルの丹頂の像をあしらった行き止まりまで進み、そこを廻ってから、林の中の復路を取ることにしている。復路の傍らには様々な植物が植えられているので、動物より苦手の植物をなるべく観察するようにして、遅まきながら学んでいる。

ところが、どうしても興味のある生き物の方に直ぐ目が行き、今日は珍しいものを観た。太いマツの幹に、ちょっと見慣れぬクマゼミの抜け殻を目にしたので、思わず手に取ってみた。抜け殻と見えたものに小さな蟻が少なからず取り付いている。その抜け殻とおぼしきものをよく観ると、背中に抜け出した筈の縦の割れ目が見当たらず、頭から背の部分に普通より盛り上がった薄水色部分と黒い二つの眼が見える。つまり、こういう事だ。このクマゼミは何らかの理由で、脱皮を終えることなく生命が尽きたのだ。昨日のように温度が下がり、雨の降る日とは夢にも思わず、地中から未だ観ぬ世界に胸をときめかせながら這い出して来たタイミングが最悪で、過酷な天候に耐えきれず力尽きたのか、それともヒトによる身勝手な環境破壊の影響で、突然変異か何かの異常を生じ、不自然に強固な蛹の外殻を持って生まれる運命に遭遇したのか、あるいはまた自然の摂理により、天敵にでも遭遇して完璧な成虫となる前に、息の根を止められたのかも知れない。到底、筆者に正確な判断は出来ない。

如何なる生き物も自然の摂理に反して生き延びることは出来よう筈も無いのだが、無節操にもそのことを自覚せずに、乱しているのがヒトという、地球上最悪の悪魔とも呼ぶべき生き物だ。二酸化炭素の抑制無き排出を初めとする環境破壊や、原発、核爆弾、それらのコントロールの失敗や、不見識、無責任なそれらの実験による放射性物質のばら撒きが、どれ程、他の罪のない生き物に不自然で、過酷な運命を押しつける結果となっていることか。

この不遜な癖に不感症の生物は、自らに、その撒いた種によるしっぺ返し受けてみて、初めて己の破廉恥な行動を認識する程度の能力しか有して居ないのだ。悲しいだけではない。恥を知れ!と叫びたい。

2011年7月6日水曜日

「詩をきっかけとして考える会」お知らせ第110706号



 6月例会出席者はK、N、TさんとJの4名。

 Yaさんから出席(但し、早退)の旨、予めお手紙を頂いていたが、会前日に電話有り、「この暑さで、矢張り、体調もうひとつ。静養のため欠席」のご連絡を頂いた。無理をされることなく、涼しくなる秋まで体調回復に努めて頂きたい、と考える。

 Sさんは出席予定であったが、当日、家を出る直前に気分が悪くなり、大事を取り欠席の旨、Tさんに連絡有り。

 今回は小規模に3人だけで気楽に行くか、という気分で会場に到着すると、Nさんが久し振りに顔を見せられた。急用で田辺へ向かう要件が出来、その前に立ち寄り、参加された由。

 メンバーのYsさんからメールが届いているので、そのまま紹介する。
『J様
 
大変ご無沙汰しております。
 
いつも会のご案内をいただいておりましたが
予定が重なり長らく欠席とさせていただきました。
 
時間が合う時は参加をさせていただきたいと
思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 
今度9月に「いのちのイベント」が決定いたしました。
それに向けて「いのちのメッセージ」を募集しております。
もしよろしければ、Jさんはじめお仲間の皆さんでぜひ募集いただければと思います。
 
詳細を添付にて送付させていただきます。
 
どうぞよろしくお願い申し上げます。
 
Ysもとひろ』

 この「いのちのイベント」についてのPDF書類2種類を「このお知らせ」に添付するので、奮って参加、ご協力されたし。

 
 さて、6月例会では、(1)中上健次原作の映画「軽蔑」について雑談、(2)映像BS世界のドキュメンタリー「被爆の森は今」を視聴した。ドキュメンタリーには、チェルノブイリ原発事故から25年経過した今、半径30キロ以内は未だに立ち入り禁止区域となっており、一般人の立ち入りは認められていないこと。ただ、例外として科学者には、絶好の放射能汚染実験場として利用されていること。今、この区域内に存在する生物は、一体どうなっているか?等がレポートされている。

 放射能の影響、と一口で言っても、その実態は多様であること。放射能による障害自体が植物や動物の種類によっても異なること。悪影響は生物の何世代にも亘る現象であることから、ネズミのように世代交代の早いものでは或る程度の結果が出るが、人間のように寿命の長い動物の場合、四分の一世紀程度の短い時間では、結論も見通しも立たないことから、急激かつ大量の被爆で直ちに死に至るケース以外は見た目だけで、影響の有無を論じることは殆ど意味のないことが解る。放射性物質の種類によっては数千年あるいは十万年単位で放射線量が半減するという事実を理解すれば、今の人類が一応の文明を持つに至ってから現在まで、長く見積もってもたかだか五千年程度であるから、「放射能」そのものの影響など、今、地球上で生存している人類の一生には略無関係な話、という言い方さえ出来るのである。

 今、被爆したチェルノブイリの森は”一見”動物たちの楽園となっているという。今まで生息していなかった大型の熊までもが、住み着き、外見的には問題なく、元気に活動している、という。
 これをもって「それみろ、放射能の被害を声高に述べる輩が多いが、動物たちが”放射線の無害”を如実に示して居るではないか」というような軽薄無知な、早とちりは間違ってもしてはならない。
 動物たちに(たとえ、一見したところであっても)楽園を齎したのは、その場所に人間が居なくなったことに起因する結果である。チェルノブイリ事故が発生した時、ここはソ連領であったので、国は30キロ圏内の全住民を直ちに強制移住させ、空き家となった住居は、住民が戻ることが出来ないように、完全に破壊したのである。その結果、人間の徹底的した不在が生態系に大きな影響を及ぼし、一見したところ動物たちが闊歩する楽園が生まれたのである。しかしながら、これで動物たちには放射能の影響が無いとは、決して言えないことは、ここで研究を続ける科学者達の証言によっても明かである。外見と異なり、動物たちの体内では遺伝子の異常が発生しているという。元来生物の体内には異常を修復する機能が備えられているが、それを超える異常が発生しており、その結果突然変異や生まれつきの障害(奇形など)を持った子孫が現出したりしているのが事実であるが、これを更に複雑にしているのは放射能障害やそれに対する耐性は動物の種類によって大きく異なるという事実に依るのである。

 何処かの国のように、「いつになったら家に帰れるのか?」というような果敢(はか)無い期待に基づく、科学的根拠にも乏しい、誤った解釈を意識的に放置する、欺瞞に満ちた、御用学者や政治家達の発言や行動は、徒に住民達を混乱させ、結果的に彼等を絶望の淵に押しやることになる。ソ連の採った、徹底的な強制移住と住宅撤去の方が、(やり方に配慮は必要だとしても)科学的には、処理方法として、むしろ当を得た処置と言える。

 放射性物質の放射線量が半分になる(決して消滅するわけではない)のが、数日間から数百万年までと多様であるにせよ、現在「放射線量」を人為的な処理によってゼロにする(消滅させる)方法は皆無である、という単純な事実の理解から、全ての考えをスタートさせなければ、議論も対策もまともに進むことはあり得ない。

 今、日本の各地で行われていることは「臭いものに蓋をする」だけである。蓋をしようが、目の届かないところに移そうが、「臭いもの」自体が消滅することはなく、「臭いもの」が発する放射線量が、物質によって数日から百万年単位で半分に減少する、というだけのことである。
 除染しようが、濾過しようが、取り除かれた放射性物質はそのまま、或る場所から別な場所へ移るだけである。棄てた場所(新たに保管した場所)には同じ放射線量を発する「臭いもの」がそのまま存在することになる。要するに、気の遠くなるような時間が自然に一定時間経過することによって、やっとゼロではなく、半分の量に減りますよ、というだけことである。有機性の腐敗物質を燃焼させれば、酸化されて、別な物質に変化し、生物や人体に悪影響を及ぼす物質が結果的に無くなりますよ、ということとは本質的かつ全く異なる状態であることを、先ずはっきり認識するところから、初めて思考や議論のスタート地点に立つことが可能となる。

 それと共に、深刻なのは、筆者が、今こうしてこれを記し、それをあなたが読んで下さっている今、この瞬間にも依然として福島原発からは絶えず放射性物質が放出され続け、地中にも、海中にも放射性物質を垂れ流している結果、放射線量は時々刻々増え続けており、風が吹いたり、気流が激しく流れたり、雨が降れば福島県や東北地方のみならず、関東一円や中部地方はおろか、いずれ近畿地方にも、北海道にも九州にも日本列島全体に放射性物質が拡がり、蓄積するのは、このままの状態が続けば、どうしても避けられないであろう。その程度に、留まればまだ幸いとも言える。と言うのは、今のように海中に垂れ流し、空中に放出し続けている放射性物質は遅かれ早かれあらゆる海産物や陸産の食糧にも影響を及ぼし、また、地球上に蓄積する放射線量を確実に増加させることは何人(なんびと)たりとも否定出来ない。

 これは単に一国家の問題では済まされない。人類の、いや地球上の生物全体に影響を及ぼす問題であることを、目を背けずに冷静に見極めなければ、議論や考えを進めることは不可能である。
 
 従って、7月例会のテーマも「原子力発電」関連となっているが、この点筆者の見解は「総論賛成、各論反対」の如き議論は、この会では時間の浪費に思える。その種の議論は全く必要ない、とは言わぬが、我々はもっと首尾一貫した立場にあって、原子核分裂や原子核融合の現象をエネルギー利用の対象にしよう、という考え方自体が地球上の生き物の一種であるヒトに、果たして許容されるべき行為であるのか?という観点から考え、議論すべきである。私見では、原発反対、一切の核兵器の非所有、使用禁止、廃絶は単純明快に一つの結論に収斂する、と信じる。より具体的には、憲法九条の堅持、沖縄問題の解決、今後の(骨抜き非核三原則の)日米安保条約の取り扱いも、この流れに沿って矛盾のない結論が導出される筈だし、そうあるべきだ。

例会場所、日時は下記の通り。

       場所: JR海南駅前「ヴァンサンカン」2階個室
        日時: 7月11日(月)午後1時30分より

               「ヴァンサンカン」TEL: 073-482-1899

<余談>6月例会後、海南市にて二次会会場を物色中、メンバーMさんに遭遇、一緒に居られた郷土史家S.H.氏を紹介された。二次会にて同席、聞かせて頂いた紀州徳川藩の教育指針となった李梅渓の「父母状」。これに関する資料を研究され、著書「波臣の涙」の出版に大いなる関わりを持たれたH氏の話から、和歌山市海善寺にある李真栄、李梅渓親子の墓参りに訪れることになっていた、韓国在住の李氏一族、H.L.氏一行の取材を行うことが出来た。その報告、経緯はいずれ日を改めて行いたいが、本例会にもH氏をお招きして色々お話しを伺う機会を是非設けたい。(文責: H.J.)

P.S.<県外の方々から7月5日夕方の当地方地震について、お見舞いを頂いた。有難うございました、こうして無事でおります。体感的には、手応えのある揺れではあったが、不安定な本棚から新書版が1冊落下した程度の被害。大津波が襲来した場合は避難しない覚悟をしているので、特に情報の収集はしなかったが、(防災無線による津波に対する警告は全く無かったので)いつも通り涼しい海岸縁を散歩した。>

2011年6月19日日曜日

「さようなら原発1000万人アクション」


<一日一書>(七)

『今日は金曜日。
天気は梅雨の晴れ間だが、はっきりしない。』


さて、今日の話を始めよう。

2011年06月16日付け朝日新聞夕刊で、『東京電力福島第一原発の事故を受け、ルポライターの鎌田慧さんや音楽家の坂本龍一さんらが呼びかけ人となり、国に「脱原発」への政策転換を求める1千万人の署名運動が始まった。9月19日には東京・明治公園で5万人規模の「原発にさようなら集会」も開く。

呼びかけ人は、ほかに経済評論家の内橋克人さん、作家の大江健三郎さん、澤地久枝さん、瀬戸内寂聴さんら。原水爆禁止日本国民会議(原水禁)などでつくる実行委員会が支える。署名は、来年2月まで集め、衆参両院議長と首相に提出する計画という。』の記事を読み、早速、<さようなら原発1000万人アクション>
http://www.peace-forum.com/no_nukes/
のHP上からインターネット署名を済ませた。

その際に、次のようなコメントを付け加えて置いた。

「核分裂や核融合を利用してエネルギー(電力)を得ようとするのは、科学的見地からしても間違いです。「人間にコントロール可能」という見通しの全く無いまま、見切り発車で、原子力利用に踏み切るのは、人類に対する背信であり、自然に対する冒涜です。
原子力発電を進めようとする政治や企業の方針は市民(国民)を欺瞞し、人類の未来を破壊する暴挙に他なりません。」

また、東京の明治公園で、以下のような集いも計画されているようなので、出来ることなら筆者も参加したい。 

「原発にさようなら集会」を、つぎの要領で開催いたします。どうか皆さんでご参加ください。

日時……2011年9月19日 13:00~
場所……東京・明治公園
集会規模……5万人(集会後、パレードがあります)

集会呼びかけ人

内橋克人
落合恵子
鎌田 慧
坂本龍一
澤地久枝
瀬戸内寂聴
辻井 喬
鶴見俊輔

2011年6月16日木曜日

「詩をきっかけとして考える会」6月例会案内


5月例会出席者はK、S、TさんとJの4名。

Yさんよりお手紙を頂いた。それによれば、病院での精密検査の結果、大腸ポリープが発見され、内視鏡手術を受けたが、食養生を経て回復、元気になられたが、大事を取り静養のため、欠席とのこと。6月例会出席を切望すると追記されていた。

5月例会日程決定に際し、「可」というご返事であったが、今回は欠席と、Mさんよりメール連絡有り。

Nさんは体調は略回復されたようであるが、多忙のため、スケジュール調整がつかず、欠席の旨連絡あり。

例会では、伊勢市朝熊町で開催された「橋本平八(彫刻家)と北園克衛(モダニズム詩人)のシンポジウム報告。余談として、北園克衛氏のご親戚の方から直接声を掛けられ、克衛氏のご子息明夫氏と小生のプライベートな友人関係の話題を含め、親しく話を交わすことが出来たこと。

また、主催者の一人、伊勢市で古書店「ぽらん」を営む傍ら、北園克衛および竹内浩三の研究者でもある奥村薫氏と知り合い、北園克衛全集未収録の作品コピーを頂戴した。当方よりは「和歌山戦後詩史」を進呈し、再会を約した。

他のテーマとして、講演会「普天間基地と日米安全保障条約」(講師 伊波洋一氏)エッセンスの紹介およびNHKドキュメンタリー映像「日本列島-奇跡の大自然」第一集を視聴し、この国の自然が齎す特異かつ豊かな恵みや、地球上に占める位置、環境について語り合った。 

6月例会予定テーマ:

(1)中上健次原作の映画「軽蔑」について
(2)映像BS世界のドキュメンタリー「被爆の森は今」の視聴
(注)チェルノブイリ原発事故から25年経過した今、半径30キロ以内は未だに立ち入り禁止区域となっており、一般人の立ち入りは認められていない。しかし、例外として科学者には、絶好の放射能汚染実験場として利用されている。今、この区域内に存在する生物はどうなっているか?非常に興味深い記録であると共に、「放射能」というものが、一般人には殆ど正しく理解されていないように思えるのだが、この映像は、その理解のための「きっかけ」が示されているように感ずる。
(3)その他

例会場所、日時は下記の通り。

      場所: JR海南駅前「ヴァンサンカン」2階個室
      日時: 6月22日(水)午後1時30分より

               「ヴァンサンカン」TEL: 073-482-1899

<附記>PCメール利用の方々だけしか受信できないでしょうが、友人から入手した放射能に関するゼオライト・ラボ情報を添付します。

<更に余談>このお知らせが遅れた理由にも関係するのだが、電子書籍を作成し、有料販売することを計画、準備している。そのために書いた原稿<一日一書>中の本会に関連する一部を紹介して置きたい。(文責: H.J.)

『有志で月一度の割合で「詩をきっかけとして考える会」をやっている。会の命名どおり、たとえば、若くして戦場で消えた、伊勢の詩人竹内浩三を偲び、彼の詩をきっかけとして「戦争」について、考えるようなことであるが、参加者の意向で、テーマは限定することなく、拡がる。

今は、原発関連や自由貿易関連のTPP参加可否、また震災と日本列島についてなどが中心になっている。

いずれ、テーマとして、それだけに絞って、取り上げてみたい、と考えているのは、「創作」のために、それまでの古くさい「秩序」を壊そうとした、伊勢の産んだ詩人「北園克衛」と紀州の産んだ作家「中上健次」。
モダニズムの旗手として、海外での評価の方が高い、北園克衛。生れ故郷よりも外で、より高く評価され、理解されているように思われる中上健次。

予てより関心のある二人の墓参りは、既に済ませているが、お二人に、個人的により関係の深い方々とも知遇を得ているので、そのお話も是非聞いてみたい。会場は、いつもの和歌山県海南市駅前「ヴァンサンカン」でもよいし、場合により、和歌山市、紀南の田辺市、または中上の生地新宮市、あるいは、東京の新宿(中上)、赤坂、飯田橋、広尾、銀座(北園)それぞれ所縁(ゆかり)の地もまた、面白いかも知れない。

関心のある方は、筆者にプレッシャーを掛けられたし、生来の怠惰故。』

2011年6月14日火曜日

電子書籍出版予定



  前回、書いたように、技術翻訳の依頼が無いので、金を稼ぐため、売文業に専念することを決めた。こちらも注文があった、というわけではないが。

ところで、Web上にパブーの「ブクログ」 http://p.booklog.jp/ というのがある。ここで自分の原稿を電子書籍にして、有料販売することにした。既に一冊は「夢* 現(うつつ)物語(第1話-第10話)として完成間近である。販売開始の際は、改めてご案内するが、今からよろしくお願いして置く。

ここで購入した電子書籍は、自分のPCにダウンロードして自由に読めるし、iPad、iPhone、KidleやAndroid携帯で読むことが可能。

今の状況で自分に必要なのは、原稿を書くこと。それで、「夢* 現物語」を続けるのと並行して、毎日一つの文章を書くことを己に義務づけることにした。果たして、約束を守り続けることが出来るか、どうか定かではないが、兎に角やるしかないだろう。これも纏めて、いずれ電子書籍にして販売したい。

第一回目を、参考のため以下に披露しておこう。

『<一日一書>(一)「ヒトよ、驕るなかれ!」

「今日は土曜日です。
天気は雨です。梅雨真っ最中ですから当たり前ですよね。」

さて、今日から毎日、何か一つずつ書くことにしました。

書き方は色々です。ジャンルも、長さも、その他、何も特定しません。

何故、書くか?理由も種々あります。追々触れることになるでしょう。

今日の話を始めます。

二十一世紀になれば、何か素晴らしい世界がやって来るのではないか、と期待した、ミレニアムから十年経ってみて、良くなるどころか、益々悪くなっているように見えます。

戦争は途切れることなく、彼方此方で続いて居るし、国家という組織が、力を持ち過ぎた結果、益々愚かで、暴力的な振る舞いをするようになりました。国境とか、国際的ルールを全く無視し、他国に、ずかずか土足で踏み込み、都合の悪い人間を勝手に殺害し、『これは正義だ!』とキャンペーンすると、それに躍らされた人々が「殺人」について、歓呼の声を上げるのです。

それをTVというメディアで、映像として眺めながら、ビールを飲んだり、コーラーを飲んだりしながら『ああでもない、こうでもない』と話題にして、一日の憂さを晴らしたりします。

そんな状態ですから、当然、消耗材が必要以上に増え、電力を浪費し、天然資源がどんどん減少し、慌てゝ浅知恵の癖に「技術」という人間だけが手にしたツールを駆使して、未だ制御の見通しの立っていないエネルギーに手を出しました。

地球上で極東と呼ばれる地域にある、小さな、その癖、経済大国、技術先進国などと評されて、いい気になった島国が、原子力発電に手を出すに至りました。

科学的な見地から、識者に、その危険性が不明であったわけではなく、それに対する反対の正論も、当然ありました。

しかし、どういう訳か、比較的愚かな人々により、国が舵取りされていることゝ、それを利用して、うまい汁を吸おうとする輩(やから)の悪だくみを、市井の人々が見抜くことが出来ず、正論を述べる人々は「夢想家」として、排除されて来ました。

突然、大地震と大津波が押し寄せると、根拠の乏しかった『安全神話』は、完膚無きまでに叩き潰されました。犠牲となったのは、騙されていたり、半信半疑の侭、世の流れに翻弄されていた市井の人々です。それにしては、余りにも代償が大き過ぎたかも知れません。

しかし、「人間の浅知恵」、「人間の無力さ」、「人類の驕り」、「巨大な自然に対し、改めて感ずる畏怖や尊敬の念」等々、色んなことを反省させられる、良いきっかけ、となるかも知れません。

要は、これからです。それを教訓として生かせるか?単なる不幸、大惨事ということで終わらせてしまうか?

人類には「分(ぶん)を弁えた」生き方が必要です。人が住んでいる、この天体は、他の動物や、植物のものでもあるのです。

「ヒトよ、驕るなかれ!」』

ご感想、ご意見等あれば、是非お聞かせ願いたい。

2011年5月26日木曜日

Twitter投稿


仕事がない。だからカネが入らぬ。カネが入らぬから住宅ローン返済不能となる。家を売って返すこと考えていたら、海の傍の景勝地は価格ダウン。残額に足りぬ。老人一家ホームレスに落ちるか?その前に一家心中するか?幻の大地を約束した国よ!この怨念を食らえ!

2011年5月5日木曜日

「詩をきっかけとして考える会」5月例会案内

お知らせ第110504号 
 4月5日花見を兼ねた例会は、天候に恵まれ、場所もMさんのご尽力で一等場所が確保され、十分に愉しむことが出来た。Sさん手作りの弁当はプロ顔負けでボリュームたっぷり。年配者には食べきれないほどだった(小生にも昼だけでは多すぎたが、当日、和歌山城へ花見のハシゴをT、Aさん共に行った際、酒のアテとしてきれいに平らげた。「食べ物は無駄にしない」という子供の頃からの習慣を今こそ、復権、徹底させるべきとき)。他にもMさんからの焼き鳥、Aさんからの釜揚げしらすの差し入れがあり、晴れた花の下、豊かな宴となった。

 その後、会場を隣接する温山荘に移し、コーヒーと京都河道屋のそば餅(挿し入れ-J)で「東日本大震災」や「原発事故」関連の話題を話し合った。更に、下記の可愛い特別参加者のために、Tさんの小型ハープ演奏による童謡歌唱もあった。4月例会参加者はK、M、S、T、AさんとJに加え、Sさんのお孫さん2名であった。(事前にYさんより、失念していた所用により欠席、Nさんより体調調整事由による欠席の連絡を受けた)
 
 この花見例会報告に引き続き、昨日(5月3日)までは、次の例会テーマを簡単に挙げて締め括ろう、と考えていたが、世情がそれを許さなくなった。5月2日付朝日新聞夕刊の大見出しには「ビンラディン容疑者死亡」とあるが、皆さんはこれをどう受け止めるだろうか?
 私は報道の姿勢を先ず疑いたい。「殺害」という表現が、伝えるべき事実に基づく情報ではないのか?引き続く私感は、「力は正義(法に勝る)なり」ということである。一極支配の現実においては「国際法」が(解釈は多義であるにせよ)単なる言葉の上だけの存在に過ぎず、恰も国連活動の実質的効力の乏しい事実と同様の現象として目に映る。
 国際法違反とされる事実関係の羅列も腹立たしいので、極近い「時」と身近な「場所」(日本、アジアなど)だけにするが、サダム・フセインの誤情報に基づく殺害、ベトナムでの枯葉剤散布、クラスター爆弾投下、日本における原子爆弾や焼夷弾投下による非戦闘員を巻き込んだ無差別爆撃、テロリストであるという予見に基づき無法に逮捕した外国人のグアンタナモ基地における抑留、その取り扱い、また日米安保条約締結前の沖縄占領状態をそのまま維持し続けている不法等々。これらが、実質的に支障なく、やりたい放題で罷り通っている、この現在の世界の状況を、世界中の人々がどう捉え、どう考えているのか?私は是非聴いてみたい。

 更に本日(5月4日)付け朝日新聞朝刊には、上記に関連し、それらを補強する情報としてウィキリークスから朝日新聞に提供された日本関係の米外交公電について報道が為された。それに依れば、たとえば、沖縄米軍移転費(所謂思いやり予算)について、水増し操作を行い、日本側負担軽減を装った、とある。これを読むと、政治家(日米双方共)や官僚というもの(組織や実体)が、およそ市民感覚とは無関係な上、市民の求める方向に適応しようという考えの全く存在しないことが明らかである。

 「力は正義なり」、「利益は力の果実なり」、「対立は力で抹殺!」彼らが信奉しているのは、ただそれだけ、と言っても決して言い過ぎにはなるまい。
 個人が幾ら吠えても、喚いても単なる徒労に終わるのなら、いっそ永井荷風山人のように、世間が一斉に(勿論、報道機関も、出版社も、知識階級も)狂気の戦争を正義の聖戦として突っ走った時代にも、それとは全く無関係な自己の生活を、独りで貫き通した、そういう生き方が羨ましい限りだ。(そうは言っても、荷風山人は、そういった世間を是認していたわけではなく、日誌「断腸亭日乗」(このタイトルからして、そうだが)で、冷ややかに軍部や政府、一般庶民の惰性を喝破しているのは、ご承知の通りだ。
 ここで、ひたすら己の無才と無力感を覚えるのもまた、宜なるかな(この行は無視。単なる自嘲と愚痴のみ)。

5月例会予定テーマ:

 (1)4月28日(木)『憲法を考える夕べ』で催された講演会「普天間基地と日米安全保障条約」(講師 伊波洋一氏)エッセンスの紹介
 (2)5月15日(日)伊勢市朝熊町で開催される「橋本平八(彫刻家)と北園克衛(モダニズム詩人)を偲ぶ会」取材報告
 (3)「日本列島-奇跡の大自然」第一集(NHKドキュメンタリー映像)により、この国の自然が齎す特異かつ豊かな恵みと同時に、地球上の特異な位置、環境に在るが故の大災害発生確率の高さをも併せて勉強してみたい。(この状況では(3)項まで進むには時間不足かも?)(文責: H.J.)

例会場所、日時は下記の通り。

      場所: JR海南駅前「ヴァンサンカン」2階個室
      日時: 5月18日(水)午後1時30分より

               「ヴァンサンカン」TEL: 073-482-1899