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2010年10月5日火曜日

ホームレスの老々介護

 自らの不明を恥じねばならぬが、不動産バブル直前に執拗な銀行の勧誘に乗って、美しい海の見える紀南白浜に1LDKの仕事場を設け、リタイヤーの暁には、ここを売却して自宅の住宅ローン残額返済に充当するという私の思惑はバブル崩壊、リーマンショックに始まる世界経済大不況によって完全に打ち砕かれた。いまや白浜のマンションは二束三文でも買い手がつからず、ステップ償還(私の場合は11年目からステップアップ)で金利が2倍弱に上昇して、返済額の増加は月々1万円程度にのぼる。

 サラリーマン生活を20年きっかりで切り上げ、多少の特技を生かし、フリーで生涯現役を貫き働き続ける、という思惑も完全に外れた。ここのところ、仕事の依頼がパッタリ途絶えた。「もっと若い人達も同様なのだ」と慰めてくれる知人も居るが、明治生まれの母の介護を続けながら、空気のよい環境で老後を平穏に暮らしたい、という願望は今、将に断たれようとしている。

 それでも、座して死を待つ心境には到達し難く、最後の悪戦苦闘のさなかにある。しかしながら、現在何らの見通しも、また画期的な手立てもあるわけではない。だから、先に掲げた『ホームレスの老々介護』というショッキングな表現も、あながちオーバーとも言えぬし、今や、時間の問題かも知れぬ今日この頃の有様だ。

 特に、高齢化の進行する日本では、老人問題は特別な家庭の例ではない。どこの家庭にも何らかの形で存在する。団塊の世代が私の年齢に近付くころ、更に大きな社会問題となることは間違いない。若年も、中年も、いずれ自分自身の問題として決して避けて通ることは出来ない道だ。自分と密接に関わる重大な問題として、今から真剣に、かつ具体的に考えを練り、解決の手立てを講じておかないと、その先は自滅と地獄しかないだろう。

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