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2012年2月14日火曜日

「詩をきっかけとして考える会」2月例会案内


「詩をきっかけとして考える会」2月例会の案内です。
実は下掲の文章を前置きとしよう、としましたが、余りにも長くなったので、読み辛い人には、この前段だけで用が足りるようにしました。後段は関心のある方に読んで頂ければ幸いです。


1月例会では、出席メンバー3名(N、T氏およびJ)による協議の結果、今年度の大目標として、「個人と国家」、特に「国」とは何か?を取り上げることに決定した。ただ、このテーマは大き過ぎ、また検討範囲が余りにも広範に亘ると考えられ、その取り上げ方やアプローチの仕方などにも工夫を要するものと想像される。そこで、コーディネータJの判断で、先ず、次回例会には長保寺住職瑞樹正哲氏を招き、彼のブログ「鐘声」でも紹介されている”Quantum Sense”という考え方を紹介して頂くことにした。今回の企画は、この考え方の是非を論ずるものでは無いことを先ず理解して頂く必要がある。つまり、飽くまで、この思考方法が今後の大テーマ議論の際、アプローチの一方策として役立つかも知れないというJの勝手な推定に基づくものである。


したがって、今回はいつものようなフリートーク、フリーディスカッションの形式を採らず、参加メンバーからの質問も講演者により提示された内容を理解するためのものに限ることにする。言う迄も無いが、これは、当方からお願いした講演者に対し、最低守るべきルールと考えるからである。


それで、特に2月例会は、この方針を了承された方々のみに参加して頂きたい。いつものようなフリーディスカッションを望まれる方は3月例会以降のご参加を検討されたい。


もし、時間に余裕があれば、参加メンバー全員から「日本人のアイデンティティーとは何か?」を伺いたい。実は、この問いは1月例会でN氏より発せられたものであるが、私(J)自身は上手く答えることが出来なかった。(注:もし、参加メンバーの方で国籍が日本以外の方、たとえば、中国籍の方が居られた場合、その方は「中国人の…」また、韓国籍の方は「韓国人のアイデンティティーとは何か?」を教えて頂きたい。)


2月例会場所、日時は下記の通り。

      場所: JR海南駅前「ヴァンサンカン」2階個室
     日時:2月28日(火)午後1時30分より
              TEL: 073-482-1899


<前置きとして準備した部分>

今朝(2月12日)の朝日新聞朝刊書籍広告欄に次のような本の広告を見付けた。『私たちは、原発を止めるには 日本を変えなければ ならないと思っています。』インタヴュー集とあり、上杉隆/小出裕章/古賀茂明/坂本龍一/高橋源一郎/他の方々の氏名が挙げられている。その隣の広告タイトルは次の通りである。『99%の反乱』、サブタイトルは”ウォール街占拠運動のとらえ方”とあり、内容紹介の一部は「2011年9月、肥え太った1%のスーパーリッチに対して、99%側のユニークな「異議申立て」が開始された、とある。


別なページの書籍広告欄には、「第二のフクシマ、日本滅亡」広瀬隆著の書籍広告が載せられ、サブタイトルや紹介文は次のようになっている。「福島第一原発事故は収束」だって?ふざけるな!!”放出され続ける放射能は、天文学的な量。全原発即時廃炉を急げ!この国は死に至る…。”


また、読売新聞朝刊第一面には、理化学研究所理事長で、ノーベル化学賞受賞者でもある野依良治氏が、『地球を読む』というシリーズ欄でタイトル「科学の開国」の文章中サブタイトルに”国益を生む戦略と体制を”と記している。


更に、芥川賞、大江健三郎賞を受賞した作家中村文則氏の最近作「王国」第56頁には次のような文章がある。「…世界には、基本構図がある。富む者が富み続け、持っている者が持ち続けるという構図。…その構図には出入りはある。でもどのような国でも、そのようなシステムは構築されているんだ。国別というよりは、連動するように。…柔らかく、弾力を持つそういったシステムが」


上記全ての表現から、私は国というシステムの目指す方向、あるいは国の利益、いわゆる国益というものは必ずしも一般庶民の幸せや利益とは(少なくとも現在は)一致するものでは無い、と考えざるを得ない。


国を構成するのが、善良な一般市民だけであるならば、国益と庶民の利益は一致するはずだ。だが、実際には必ずしもそうなっては居ないことに気付いている人達も少なくない、と想像するのだが、如何であろう?


私の想像が完全に間違っていなければ、それは「国」と「個人」の関係の間の何処かにズレか誤りが存在するということであろう。


その存在するものが何であるのか?を突き止めるための前提として、先ず、「国」とは何か?「国家」とは何か?というところから考え始めるべきだろう。


しかし、人類がその進化の過程で「国」というもの策定し、そのシステムを運用し続けて来たのには、それなりの理由、意義、有用性などがあったからに違いない。それは一体いつ頃始まったことなのか?どのようなプロセスを経て今のような形態に立ち至ったのか?そして現在のような「国家」のあり方が一般市民の求めるシステムとして本当に適切かつ妥当に機能しているのだろうか?


考えなければならない問題は気の遠くなる程ある。また、考え方の方法論、アプローチの仕方も多々あると想像される。


直裁に申せば、私程度の思考能力を有する者が、浅学非才の知識で立ち向かおうとする試み自体、「風車に突進するドン・キホーテ」の姿を彷彿とさせるものであることを、自ら否定しない。


ましてや、福島原発大事故以来の、この国の大衆(適菜 収氏のいうB層か?)の有様を観たり、広瀬隆氏や熊本の小野・出来田医師の警告に耳を傾けようとしないB層の反応を知れば、今更「国家」と「個人」の問題などを考えたりしても、何らの益もなく、全く無意味かも知れない。


この状況は我が国だけの問題では無い。世界中の人類が自然界に元から存在する放射能の許容レベルを遙かに超えて、自らの存在を抹殺して余り有る放射能を人工的に増加させる方向に舵を取り続ける以上、人類の存続自体が問われているのに、その危機感をどれほどの数の人間が誤りなく感知しているであろうか?


同夜(2月12日)NHK Eテレで放映された「フォレストシンフォニー 森の生命の交響曲」の番組中で、坂本龍一氏も日本人は広島、長崎への原子爆弾投下によって、更に福島での原発事故により三度目の放射能被曝を受けた。だからこそ今、日本人がその体験を世界に向かって伝え、生き物の存在に重大な被害をもたらす原子力エネルギー利用を直ちに停止して、自然エネルギー活用の方向に舵を取り、森林を大事にして、森の生命と共生すべきことを熱く、提唱していた。


長い前置きとなったが、それでも私は2月例会で、予定通り「国とは何か?」そして同時に「個人の存在意義」をテーマとして取り上げることにしたい。


殆ど空しいと思われる活動を何故に続けるのか?それは、ただ記録のためである。20世紀の終わりから21世紀の初めに極東の日本という国に生息していた、名も無きホモ・サピエンスの一匹が、どのような考えで、その困難な時代を生きたか?をこうして文字で記録し、人類が絶滅した後にも奇跡的に資料として残れば、大変幸いであるし、また全てが喪失したとしても、それはそれで、その結果を、淡々と受け容れるのみである。「たった、それだけ?」と訊かれれば、「そう!」と答えるしかない。(文責:城 久道)

2012年1月31日火曜日

「打出の小槌と放射能ちり」の童話

 東大工学部を卒業して東京電力福島第二原子力発電所に勤務し、事故前に退社した後、熊本医大を出たOnodekitaこと、医師小野俊一氏の講演動画「フクシマの真実と内部被曝 2012年1月26日 於やましろ病院」(http://www.dailymotion.com/video/xo1plg_yyyyyyyyyyyy-yyyyyyyyyy-yyyyyyy_tech )を観て、信じたくはないのですが、ショックを受けました。

今朝、自分の「しゃらくさい人生覚え帳」を開きましたが、最初何も書く気がしませんでした。PCを終了させようとした時、浮かんで来たので、久し振りに詩を書きました。それが、これです。



「打出の小槌と放射能ちり」の童話
                 城 久道

しんしんと降り積もる
音もなく 人知れず
明るい陽射しの中を
密やかな月光の下に
しんしんと降り積もる
放射能ちり

自然が生み出した物ではない
金(かね)に目が眩み
人が造り出した
打出の小槌
振れば振るほど 降って来る
黄金(こがね)の雨

それを使えば楽になる
人々は重労働から解放され
腹一杯食べて 着飾って
放射能ちりの積もった 街へ出る
公園では 小鳥さえずり
幼子は走り回る

声も出さず 姿も見えぬ
怪獣が襲いかかろうとしている
人々は気付いていない
いや 気付かぬ振りかも
便利さは捨て難い
小金でも欲しい

そういう人達が居るから
打出の小槌メーカーは安泰
貧乏な村には 札束を叩きつけろ
学者の功名心を 金で擽(くすぐ)れ
政治家は 堂々と金で買える
うるさい奴らは マスコミで潰せ

いつの間にか 降り積もる放射能ちり
人間の寿命を遙かに超えて
分裂し 放射線を出し続け
生き物を 化け物としようが
打出の小槌を放さない俺
には無関係

ヒトの寿命は百歳くらい
後はどうなと きゃあなろたい

しんしんと降り積もる
音もなく 人知れず
明るい陽射しの中を
密やかな月光の下に
しんしんと降り積もる
放射能ちり

2012年1月6日金曜日

「詩をきっかけとして考える会」1月例会案内


 "Change"のスローガンを掲げて登場した政治家オバマの変革も思い通りに進まないのに対し、暦は着実に新しい年に変わった。皆様はどんなお正月を迎えられたでしょうか。

政治が変わらないのは、特に日本の場合、専ら能力や品性の乏しい人たちに政治を委ねていることも大きな原因だと、かねがね発言して来たが、今やそれのみならず、「代議制」の仕組み自体、世界中で機能しなくなって来たという現実が益々明らかになっている、とも言えよう。
昨年中に本会でも取り上げ、発言して来た「主役は我々市民自身、怒り、行動し、自らで決める」という方向をイタリアの政治哲学者アントニオ・ネグリ氏も展開している。
してみれば、我々の細やかな会の動向も世界の動きから然程逸脱していなかった、ということになる。

今年も新しい世界の動向を見極めつつ、我々の身近な問題から人類の未来を見据えて行きたい。その為に、会として一段と鮮明にしておきたいのは、取り上げるテーマはたとえ、何であれ、それらは全て現在と未来に焦点を絞った問題としたい。
過去の歴史を含め、過去の事項を取り上げる際は、現在と未来の問題に関し検証を要する場合のみにしよう、と考えている。言い換えれば、単なるノスタルジーや、老人の繰り言の類は徹底的に排除するという意味である。

より具体的な例を挙げれば、過去の成長モデルに囚われたまま経済を論じたり、冷戦対立構造中でのみ機能していた“核抑止力”問題をその枠から抜け出さずに論じたりする退嬰的後ろ向き姿勢を回避する事を指す。今や、大量生産、大量消費の考え方や、冷戦対立構造が崩れ、不安定国家群が核兵器を保有し、不穏分子がそれらを狙っている世界情勢中での、“核抑止”の考え方は、笑止な、全くの時代遅れ思考である。

言うまでもなく、経済も、政治も、軍事も、科学も常に流動している。旧来のパターン中で思考していては、未来の方向を敏感に捉えることは到底無理である。

過去のみに限った検証は学者たちに任せればよい。それはそれで何らかの意味は当然在るであろう。しかし、刻一刻現在を生きている我々市民に残された時間には限りがある。この会を曲がりなりにも進めて来た私自身が既に日本人男性の平均寿命に達せんとしている。個人の寿命を離れて考えてみても、今のような生活態度を人類が早急に改めない限り、その滅亡はそう遠くない、と確信する。

原子力利用に伴う弊害や、他の態様でのエネルギー利用に伴う環境汚染、自然破壊の問題は致命的なレベルに急接近している。

今求められているのは、エネルギー問題に託して言えば、「エネルギーの増産を企図するのではなく、如何にして消費せず、節約するか?を考えるべきである」すなわち、人類の発想転換、生活の仕方の転換が求められているのである。勿論、より具体的な態様として、政治、経済、科学、倫理の立場から問題の解決が図らねばならない。経済成長神話や技術革新一辺倒による利便性追求の、誤った固定観念を破棄することこそ人類が滅亡しないための唯一の方策であろう。

「詩をきっかけとして考える会」の新しい年における例会では、この意味で”柔らか頭の柔軟思考”を基本的スタンスとして、堅持して行こう。

さて、1月例会案内の前に、12月例会を簡単にレポートしておこう。

12月24日(火)昼頃から常時メンバーSさん宅を会場として、準備をして頂いた寒ブリを刺身や鍋でたらふく頂きながら忘年会を兼ねて進めた。出席者はK、H、S、T各氏とJの5名。

資料として、市立図書館郷土資料コーナーにて、Jがコピーして来た<大辺路「日置川・すさみの民話」>という記録から『藤本家の源平時代の出来事』が提供された。内容は、すさみ町江住の素封家藤本家が裕福となった由来を紹介するものであるが、源平時代に薩摩島津家の丸十家紋が出て来るなど些か怪しいところもある。因みに藤本は、常時メンバーN氏とJの曾祖父の家である。もう一つの資料は、より信憑性の高い、中央公論社の「日本の歴史6」<武士の登場>のコピーであって、城家の出自を示す平 永基(たいらのながもと)の孫である越後の城 助職(じょうのすけもと)の記録が残されている。

余興としては、永六輔、中村八大および坂本九の六八九トリオではないが、昭和六、七、八年生まれトリオ(K、HおよびJ)の顔ぶれに相応しく、Jが新宿西口の飲み屋で昔、入手した軍歌集所載の曲の幾つかをアカペラで披露した。敢えて注釈して置くが、このトリオが軍歌を愛し、ノスタルジーを求めているわけではない。当時の娯楽としての歌曲も、こんなもの以外には存在しなかったことを戦後生まれの団塊の世代に伝えて置きたかっただけである。更に、敗戦直後のラジオ全盛時代にスピーカーから常に流れ、子供時代に慣れ親しんだ唄も併せて披露された。

ここで2011年例会の総括として、参加者から寄せられた反響の内、注目すべき三つの例を紹介しておきたい。一つ目は、普通の主婦と自称される団塊世代のメンバーの「楽しい」という感想である。一般に主婦から寄せられる会の反応は「難しい」「よく分からない」が殆どであるが、会の進行役を努める私(J)としては、自分を含めて先ず楽しめることを念頭に置いている。皆わざわざ時間を割き、参加しているわけであるから面白くなければやりたくないし、自分の勉強にもならなければ、矢張り意味が無いので、この感想は将に「我が意を得たり」の感がある。

二つ目は二十代女性大学院生の反応で、「会メンバーの話を聞けることが嬉しい」、また11月例会における李梅渓の友ヶ島巌額に纏わる逸話を、近くに住んでいながら知らなかったことは恥ずかしいが、新たな発見が出来て良かった、というものである。これに対する私(J)のコメントは次の通りである。「識ろうとしないことは恥だが、”知らないこと”は恥でも何でもなく、この歳になった私ですら新たな発見のあることが楽しくて仕方がない」。

三つ目は、北海道札幌からの反響で、彼は私(J)の中学、高校時代の同級生であって、例会に出席したことはないが、私が送信し続けている例会レポートを読んで「良い仲間がいていいですね」と便りを呉れた。そう、将に良い仲間が集まらなければ、会は成り立たない、一人ではどう仕様もない。これまで、私のレポートを冗長と感じる方も居られたであろう。しかし、私は遠く離れた人々にも自分たちの活動や考え方を知って貰いたいと、書ける範囲で丁寧に書くことを心懸けている。

さて、1月例会の日時、会場は下掲の通りであるが、今回は新年会を兼ね、一緒に12時30分より昼食(割り勘実費+人数割り部屋代負担)を摂りながら進めたい。例会内容のメインは恒例に従い「自己表現」とする。楽器持ち込みOK、演奏、歌唱、踊り、詩の朗読、トーク、手品などジャンルは問わない。また上記した会の基本的方向に沿って、取り上げたいテーマを提案して頂くことも大歓迎(文責: H.J.)。


      場所: JR海南駅前「ヴァンサンカン」2階中個室
         日時:1月24日(火)午後12時30分より

          連絡先: 「ヴァンサンカン」TEL: 073-482-1899

2011年12月9日金曜日

<一日一書>No.2(百七十一)「十二月八日 再び無謀な戦い」


『今日は木曜日。
天気は雨。』

さて、今日の話を始めよう。


  70年前の今日、私は小学校2年生で満8歳。朝からラジオは臨時ニュース、臨時ニュースと繰り返していた。

戦は聖戦であり、神国大日本帝国が負けることはない。また国が困難に陥れば、神風が吹き、必ず鬼畜米英に勝利する。八紘一宇の精神を以て現人神の御稜威を世界の果てまで届けるのだ、と教え込まれ、洗脳され、何ら疑いの念も持たなかった。

敗色濃厚となった昭和20年国民学校5年生12歳となった私は、それでも中学入学を控えて幼年学校か海軍兵学校を目指し、遠くない将来、お国のために喜んで命を捧げるのだ、自分の一生もそれまで、と心から信じ切っていた。

しかし、実際は負ける筈のない神国の、その上、現人神でもなかった天皇はラジオ放送で、分かり難く、聞き取り難い日本語で連合国に対し、無条件で降伏するという勅語を発したのである。

その時、既に米軍に占領されていた沖縄には米軍の基地が次々と設けられ、一方的に占拠され、奪われた島民の土地や住居は70年後の現在に至るまで、完全に返還されることなく、実質的にそのままの状態が継続されている。

占領地であるから、占領軍の関係者が、どんな大犯罪を起こしても、未だに、実質的な裁判管轄権は日本国沖縄県には無い。

現在の状況は、本当の意味で、日米間の占領状態が解除されたということにはなっていない。もし、そんなことは無いと言う人が居るなら、沖縄の現状は米国の「植民地」そのものということになり、それ以外に解釈の仕様はない。

70年前の無責任状態を放置し、検証も反省もしないまま、現在まで来てしまった、我が国の政治家や国家指導者は勿論、それを許容してきた我々日本人の全 ては、愚かな大戦争を浅慮にも開始した、当時の全ての無謀な日本国民を非難したり、批判する資格を既に喪失している、と考えられる。

その如実な現れが、今この国に発生した原子力発電所の大事故と、その対応、処理、解決に関する無能、不誠実、不適切、不当、無責任な振る舞いに集約され ていると言わざるを得ない。その上、将来に向かって根本的問題解決(たとえば、完璧な脱原発)を図ろうとする態勢が現実に始動していないのは、誠に残念で ある。慚愧に堪えない。

2011年12月3日土曜日

「詩をきっかけとして考える会」12月例会案内


 10月例会出席者は、H、N、S、A、TさんおよびJの6名。Mさんからは事前の欠席連絡。
 前日からの雨も上がり晴天となった。会場の加太民宿「大津屋」の前に横たわる青い海の前方には、友ヶ島をはっきり認めることが出来る。しかし、風が吹き、海上には白波が立っている。「折角の晴天だが、無理か?」という思いが頭をよぎる。
「大津屋」のオーナー船頭さんの出船判断は予想通りで、残念ながら、李梅渓のいわゆる巌額「五所石碑の図」を海上から鑑賞するという試みは今回は中止、機会をみて再度挑戦しよう、ということになった。


 会場を「大津屋」二階一室に移し、平岡氏持参の望遠鏡で、正面に横たわる島の岸壁を観察すると、文字の詳細までは確認出来ぬが、五所の文字の刻まれた輪郭部分を認めることが出来た。


 今回も、海南の郷土史家平岡繁一氏により友ヶ島五所額を中心に色々お話を伺う。李真栄が大阪方面から最初に連れてこられた和歌山の地が加太から遠からぬ松江であること、また梅渓七歳の時、父真栄と共に加太に遊んだ事跡と、遙か海上彼方の祖国に思いを馳せたであろう彼等の心情について語り合った。


 更に、エピソードとして朝鮮通信使のもてなしについて新井白石の倹約方針に対し将軍吉宗が、それに異を唱え、改めさせたという話はなかなか興味深かった。筆者などは倹約令の吉宗という印象が強いのだが、この話を聞くと吉宗が父や祖父たちの李真栄親子に対する処遇を肝に銘じていたのであろう、という推測も納得出来る。


 また、11月27日まで和歌山市博物館で特別展示されていた文人画家として知られる祇園南海が紀州藩(徳川光貞時代)に儒官として仕えた、という記録を識り、咄嗟に李梅渓との接点が展示品中に見いだせないか?と詳細に鑑賞したところ、出口のところで、最後に展示されていた木製扁額「龍」の反対面(表面)に李梅渓の「寿山」という字が書されているという事実を確認出来た。


 N氏からは、彼の母の生家「藤本家」に伝わっていた、李梅渓書の扁額の写真を記録した「熊野をめぐる文人たち」という冊子中の“紀州藩内の教訓”『父母状』作成者 李 梅渓”という一文が紹介された。


 本年は辛亥革命から100周年という。孫文が亡くなる前、最後に日本を訪れた際、政府は東京への立ち入りを拒み、止むを得ず孫文は神戸で「大亜細亜主義」をテーマに講演を行った。その最後部分がJより紹介された。


 曰く『貴方がた、日本民族は既に一面欧米の覇道の文化を取り入れると共に、他面亜細亜の王道文化の本質をも、持って居るのであります。今後日本が世界文化の前途に対し、西洋覇道の鷹犬となるか、或は東洋王道の干城となるのか、それは日本国民の詳密な考慮と慎重な採択にかかるものであります。』


 それから100年後、日本は孫文の喝破した通り、”詳密な考慮と慎重な採択”を本当に行ったか、否かすら甚だ怪しいものだが、今や将に覇権国家米国の鷹犬(ポチ)に成り下がっているのが、現実である。


 一方、2011年12月1日の朝日新聞「天声人語」には、沖縄の悲惨な歴史と現在に触れる、次のような記述がある。『(前略)▼1955年、沖縄を怒りで奮わせた「由美子ちゃん事件」の犠牲者は6歳だった。米兵に暴行された遺体は、海岸で雨に打たれ、手を固く握りしめていたという。他にも、基地の島で繰り返された性犯罪は数え切れない▼(中略)』、このコラムの最後は次のように結ばれている。『戦後、66年。押しつけておけば済む話では、もうない。』


 筆者は、このようなジャーナリストを含めた現在、大方の日本人が示す態度に怒りを禁じ得ない。このコラムにおいても、それは如実に示されている。つまり、その最後に続けて、「では、どうすればよいのか?」の問題提起と方向性に関する論点が全く提示されていないことだ。


 筆者の識る限り、日本国の沖縄県以外の都道府県で、積極的かつ実現可能な形で沖縄軍事基地を引き受けようと表明したところは皆無である。そうとなれば、次の論点は自明である。大方の日本人が認めようとしない覇権国家米国の軍事基地をこのまま放置し、自分(本土)は嫌だが、他人(沖縄)ならば押しつけて、己を誤魔化し続け、人間としての良心を放棄した状態で恬淡として些かも恥じることは無いのか?日本人(政治家から一庶民まで)の資質を根本的に問い糾してみたい。


 そこには、王道文化の片鱗すら見いだせないではないか。




 さて、次回12月例会は忘年会を兼ねて行う予定である。楽しい趣向を考えたい。今のところ、Tさんに小型ハープの持参をお願いしている。参加者のお得意の唄、詩の朗読、隠し芸などの準備、用意を期待している。


 また、来年度の企画、希望などもあれば、収集しておきたい。


 尚、忘年会では、昼食にSさん準備による魚の鍋が用意されるので、その実費を参加者全員の割り勘で負担する(2,000-2,500円/1人程度予定)。また、飲み物は別で事前に常任コーディネータが準備する(各自実費負担)。


 今回も準備の都合があるので、参加希望の事前申し込みを必要とする(但し、H、N、M、T、A、SさんおよびJは申し込み済みなので、キャンセルの場合のみ要連絡)。いずれの場合も12月17日(土)までに下記コーディネータまで。(文責:城 久道)




12月例会場所、集合日時は下記の通り。


   場所: Sさん宅 : 携帯:0X0-1XX7-X47X
    日時:12月20日(火)正午より


尚、自家用車で行かれる方は別だが、お酒を嗜む方は和歌山バス利用を推奨する。
集合場所:南海和歌山市駅 和歌山バス乗り場(11)、75系統 坂田行き11:18発に乗車。
下車停留場は「榎原西」、所要時間18分、料金320円(70歳元気パス利用100円)


M.T.  携帯:0X0-X68X-X13X
H.J. 携帯: 0X0-X65X-X04X

2011年11月21日月曜日

「詩をきっかけとして考える会」11月例会案内


 10月例会出席者はK、H、M、S、Y、Sh、TさんおよびJの8名。Nさんからは事前の欠席連絡。今回は温山荘関係者のSおよびYさんが参加され、いつもの小部屋では狭いので、隣の二回りほど大きい中部屋に会場を変更して開始。

前回に引き続き、海南の郷土史家平岡繁一氏により紀州藩に代々受け継がれて来た教育方針と言われる、いわゆる「父母状」、その実質的提案者である李梅渓や深く関わる徳川頼宣、光貞、後の将軍吉宗などにまつわる話を伺い、その中で書を良くした李梅渓の色々な扁額が話題となったが、中でも紀伊半島と淡路島にまたがる友ヶ島水道に散在する無人島群のうちの友ヶ島について、ウィキペディアにも『江戸時代において、紀州藩の藩主であった徳川頼宣(とくがわ よりのぶ)の命令を受けた紀州藩の蘭学者(?儒学者の誤りか)、李 梅渓(り ばいけい)が虎島内に葛城修験道における5つの「行場」を書いた文字を彫った。これを「五所の額」という。現在もその跡が残っている。』という記載がみられる。

11月例会では、この友ヶ島(虎島)の巌額を海上から鑑賞しようという提案があり、常連メンバーShさんのお世話で、加太の民宿「大津屋」の持ち船に乗船させて頂けることになった。実物を観ながらの平岡先生の解説が期待される。

天候次第で、臨機応変に対応するが、予定通りであれば、小一時間ほどの海上鑑賞の後、「大津屋」の部屋に会場を移し、参加者の所感や平岡講師の補講を交えて会を進め、更に紀南すさみ町の旧家藤本家に所蔵されていた李梅渓の扁額についてのエピソードをメンバーのN氏より紹介して頂く予定。

その後は時間と参加者の希望と成り行きにより加太周辺を見学するか、あるいはJの用意する資料に基づいて、室内で例会を続けることにする。

尚、下船後、Shさん準備による弁当を大津屋で摂ることにしているので、今回に限り、例会に参加される方は事前の申し込みが必要。また、前回の予備連絡においても通知したように、船上鑑賞ご希望の方も事前申し込みを要する(但し、乗船定員制限あり。後2、3名の空席が残存)。

いずれも申込期限は11月22日(火)正午まで。申し込みは本記事に対するコメントにて。


 今回の例会では、弁当代約1,000円および乗船費用ならびに部屋代実費相当分を参加者全員の割り勘(約500円予定)で負担予定。

テーマに関心を有し、ご都合のつく方は奮ってご参加の程。(文責:H.J.)


11月例会場所、集合日時は下記の通り。

   場所: 加太海水浴場 民宿「大津屋」前 :073-459-1278
     日時:11月24日(木)午前11時までに集合(晴雨に拘わらず)

2011年10月20日木曜日

「詩をきっかけとして考える会」10月例会案内


9月例会出席者はK、H、M、S(途中より)、TさんおよびJの6名。Nさんからは事前欠席連絡。

(第1部)
例会には海南の郷土史家平岡繁一氏を迎え、紀州藩に受け継がれて来た教育方針と言われる、いわゆる「父母状」誕生の由来について、お話を伺った。
文禄の役における豊臣秀吉朝鮮出兵の折、捕虜となり、農奴とされていた李真栄が紀州藩主の侍講となり、その息子李梅渓は徳川光貞に儒官としてとして仕え、「父母状」が完成に至る経緯の前半について講話が為された。

(第2部)
YouTubeやUstreamからダウンロードした東京大学児玉龍彦教授、怒りの発言(厚生労働委員会での発言要旨)を初めとする原発問題関連の映像を視聴後、ディスカッションした。

(1)10月例会では、平岡氏に前回に続く「父母状」関連の話をして頂く。

(2)A. 原発と司法(訴訟の傾向)-10月19日付朝日新聞朝刊オピニオン「耕論」

B. プロメテウスの罠(研究者の辞表)-朝日新聞朝刊10月17日より3回連載中(特に第3回末尾にNHKディレクター大森淳郎氏の発言『戦時中の「勝った」「勝った」という大本営発表が、今の政府の「大丈夫」「大丈夫」と重なってしょうがなかった。』は、前回9月例会案内中で筆者(J)が述べた『<一日一書>(七十二)「大日本帝国 大本営」中で、大本営報道に翻弄され、日本人は70年前の惨憺たる歴史から何も学んで来なかったことの指摘、更にフリージャーナリスト上杉 隆氏の今後の日本について「この儘では、日本は終わりで、70年後に再び失われた歳月の大損失を思い知らされ、何も変革して来なかったことに思い至るであろう」という指摘に将に重なり合う』

C. 天野祐吉氏の<CM天気図>「ふつう」の発見

D. 大江健三郎氏の<定義集>【原発が「潜在的核抑止力」とは】 - 前例なき民主主義無視の論

以上について、Jより紹介したい。

また、資料として古くからの友人、M氏提供のゼオライト・ラボ情報(隠されてきた内部被爆の実態ほか)をここに添付するので、ご参照の程。

10月例会場所、日時は下記の通り。

      場所: JR海南駅前「ヴァンサンカン」2階個室
       日時:10月25日(火)午後1時30分より
                                 TEL: 073-482-1899

<追伸>今、メルマガ金原から次の情報が伝達されました。

【緊急!】わかやまの瓦礫受け入れ反対のための「緊急拡散のお願い」メールが飛び込んできました(歌舞さんより)

以下に貼り付けてそのままご紹介します。


ご縁を頂いているみなさまへ
こんばんは。歌舞 こと にしでいづみです。

取り急ぎ、すでにご存知の方や、
すでにアクションを起こされている方もおられると思いますが、
その場合は、どうぞご容赦くださいm(_ _)m

10月7日に、環境省から各都道府県廃棄物行政主管部へ
震災瓦礫受け入れに関する「事務連絡」が送られました。
回答は、21日(明後日!)までとなっています。

その「事務連絡」という名の恐ろしい内容や
環境省地方環境事務所とのやり取り等については、
以下のブログに貼付けてくださっていますので、ご覧ください。

「院長の独り言」
ガレキ処理の自治体アンケート・・狡猾な罠

当然、和歌山県にもこの事務連絡は送られています。
時間があまりありませんが、何とか、一人でも多くの「住民側の反応」を各窓口に送りたいと思います。

今日、うちの事務所の人が、県内で窓口となっている連絡先を
ブログにまとめてくれました。

■緊急:わかやまの瓦礫受け入れ反対のブログ

仕事の合間に何とか仕上げてくれたものですので、
不備もあろうかと思いますが、
たった1本の電話でもいいですし、
単なる問合せでも抗議でもいいです。
FAXやメールなら、夜中でもできますので、
ぜひ何らかのアクションを起こして頂きたいと思います。

ということで、急ぎ、送信いたします。

乱文お許しくださいm(_ _)m

♪Love 歌舞 Peace♪

◯ 和歌山県環境生活部環境政策局環境生活総務課
電話:073-441-2670
FAX:073-433-3590
メール:e0320001@pref.wakayama.lg.jp

◯ 和歌山市 一般廃棄物課
電話:073-435-1352
メール: ippanhaiki@city.wakayama.lg.jp

◯ 海南市 環境課
電話:073-483-8456
メール:kankyo@city.kainan.lg.jp

◯ 岩出市 生活福祉部 生活環境課
電話:0736-62-2141

◯ 田辺市 廃棄物処理課
電話:0739-24-6218

◯ 有田市 生活環境課
電話:0737-83-1111(内237)
FAX:0737-82-1725
メール:seikatukankyo@city.arida.lg.jp

◯ 御坊市 環境衛生課
電話:0738-23-5506
FAX:0738-24-3255
メール:kankyou@city.gobo.lg.jp


私(J)は直ちに、皆さんに上記情報をお伝えすると共に以下のTweetをして置きました。

<各自治体の窓口 http://wakamamoru.blog.fc2.com/blog-entry-4.html 【緊急!】わかやまの瓦礫受け入れ反対のブログ (広瀬隆氏も指摘)知らないのは県民だけ『1990年3月「紀伊半島における深部地質構造調査」も実施され、すでに和歌山県は高レベル放射性廃棄物の最終処分場の有力候補地になっている』>