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2011年10月16日日曜日

<一日一書>(百十五)Unhappyデジタル人生


『今日は木曜日。
天気は雨のち曇り。』

さて、今日の話を始めよう。

実は”Happyデジタル人生”というブログを大分以前に楽天のWeb上に作成、運営しているが、そう熱心とも言えず、最近は極く偶にしか書いていない。と言うのも、私がデジタルでHappyと言っているのは、特許明細書を初めとする技術文書の翻訳をMSワードや一太郎というワープロソフトを利用し、辞書はPersonal Dictionaryを主とするが、色々な参考書や辞書を時にWeb検索を交えながら作成し、出来上がった文書を依頼先に対しメール添付文書として納品し、そのフォローは、メール、FAX或いは郵便やクロネコ便などを利用して遂行する。
勿論、それらの文書の作成もPCを使用する、という一連の作業をデジタル技術の恩恵を蒙りながら、東京にある受注先から遠く離れた海沿いの恵まれた環境でやってのけることが可能となった事実を述べていたのであるが、この注文が大変に忙しく、余りブログには時間を割けなかった、というのが実情であった。

つまり、以前は東京で生活しながら自宅事務所で文書を仕上げ、電動タイプライターで清書した、紙に記録した文書を電車を乗り継いで依頼先の特許事務所まで納品に出掛けることで、こなしていたのに、今や作業場所は依頼先の集中する東京に限らず、好きなところに暮らしながらでも飯が食えるようになった。
それをして、Happyなデジタル人生と称していた。従って、それは今のPCを利用するネット上の販売などのサービスを意味している訳ではないし、その技は門外漢の私には無い。

そのまま優雅な「老後」ではなく、また「毎日が日曜日」でもない、年齢を気にすることなく、組織にも拘束されない自由な仕事を生涯現役で続けられる筈であったが、経済評論家の内橋克人氏の言うように、国家の約束は果たされず、いわゆる「幻の大地」の憂き目をみることとなった。

説明するまでもなく、世界的な不況、追い打ちを掛ける福島東電原発事故の発生によって、仕事の依頼は全く無くなってしまった。今年百歳を迎えた母の介護をしながら年金だけで生活することは出来ず、年齢からして今更就職もあり得ない。

そういう状況下の庶民に生きるためのどんな手立てがあるというのか?追い詰められながら再びHappyなデジタル人生を夢見ているが、色々トライしてみても遠くの灯りすら望めないのが、老書生の姿だ。

デジタル・テクノロジーを駆使して金儲けという話も蔓延しているが、事程左様に簡単な話ではない。全く途方に暮れる毎日である。

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